待った無しの毒親介護①

尻メガネ
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毒親問題について、過去を振り返るのは今でもパワーが必要で…なかなか書けずにいます。毒親への対処法として距離をおく方が多いと思いますが、毒親介護はある日突然やってきます!そして法的に介護の拒否権なし…絶望の淵で闘ってます。

介護の始まりは父の脳梗塞

搬送先を言わない母

母は10年以上前から認知症を発症していましたが、当時、周りに相談しても「気のせいだ」と一蹴されました。母は私のことを、姉の名前→兄の名前→直近飼っていた犬の名前→20年以上前に死んだ犬の名前で呼ぶようになりました。

それでも父は頭も体もしっかりしていたので、何とか二人で暮らしていました。2021年1月、滅多に連絡をよこさない兄から電話があり、「父が脳梗塞で救急搬送されたらしいが、どこの病院か母から聞き出せなかった」と言われました。

実は15年前にも、父が救急搬送され、付き添いの母が病院名を言わないまま電話を切ってしまいました。既に深夜。搬送されそうな病院に電話しても「個人情報は教えられない」と言われ、地方に旅行中だった私はタクシーで十数万円かけて探しに戻りました

この時は酒の飲みすぎが原因と分かり「もう二度と探さない!」と思いました。しかし今回は脳梗塞であること、状態が不明であることから、探さないわけにもいきませんでした。思い当たる病院に電話、母が認知症であることを伝え、何とか教えてもらいました。

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現在は父の保険証ケースの中に、母が認知症であることきょうだいの連絡先駆け付けサービスの連絡先を明記した紙を入れています。このあと、何度も救急搬送されてますが、この紙を見て連絡をくれた病院はありません…未だこの問題未解決です。

手続きや荷物の管理ができない

訳が分からないまま母が入院手続きをしたのですが、コロナ禍で私は立ち入りを許可されず。控えの書類もなく、入院セット(病衣や日用品のレンタル)を頼んだ覚えはないの一点張り。そうなると、何が必要なのか分かりません。

ここで活躍したのが十数年前に父に持たせた携帯電話。脳梗塞自体は比較的軽かったようで、本人から電話がかかってきました。第一声が「携帯の充電器がないから持ってきて」。残念ながら、以降は電話もメールも繋がりませんでした。

母は「携帯電話」も「充電器」も分からず、混乱し、壊れたレコードのように何度も「これじゃないか」と全く違うものを出してきました。結局家じゅう探しても見当たらず、翌朝私は有休をとり、充電器を買って持ち込みました。

持込の際に事情を説明し、入院セットの契約をしているか確認、内容が不完全だったため契約変更の手続きをしました。また、入院時に必要なもののリストなども母が全部なくしてしまったため、再度お願いしてもらってきました。

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コロナの流行で安堵した毒親育ちも多いのでは?
面会禁止が主流となり、入院・入所した場合、ほとんどの施設では入院セットのレンタルや洗濯サービスが用意されるようになりました。

入院直後は歩けた父が…

週末、コロナ感染予防のため面会できないということを理解できない&忘れてしまう母が、病院に押しかけ、「病状についての説明を聞いていない」(←実際は聞いている)と病院関係者に詰め寄るという事件が発生しました。

病院側は、この厄介なお婆さんを追い返すため、後日医師から説明すると約束。そして医師の怒りの矛先は私へ…お叱りの電話をいただきました。忙しいところ申し訳ないとは思いましたが、再度私が説明を聞くことに…母が内容を覚えていないので。

説明は平日午前中。また有休をとりました。病棟の食堂で待っていたところ、病室から父登場、意外とスイスイ歩いていました。脳梗塞と聞いて後遺症を心配していましたが、思っていたよりは軽かったなと安堵しました。

ところが1週間ほど経った頃、病院側から呼ばれて行ってみると(有休)、父はほとんど歩けない状態になっていました。会話も難しくなっており、後にこれは『廃用症候群』、特に高齢者は気を付けなければならない症状だと知りました。

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脳梗塞だから安静に…というのが仇となりました。
入院先は脳の専門病院でリハビリもそれなりに盛んですが、急性期は安静が基本だったため、父のような高齢者は一気に弱ってしまいました

要介護認定で楽になれる?

介護認定さえおりれば…?

急速に衰えた父を見て「これは思っていたよりヤバい」と直感、きょうだいに相談しました。二人とも同居や介護をする意思はなく、コロナ禍で駆け付けられないことに、むしろホッとしていたと思います。私は心底、一人で背負うのが怖かったです…

母の認知症がヤバい、そして父も心身共にヤバい、と聞いて兄がすかさず「介護認定さえおりれば、あとは何とかなる」と言いました。兄は医療関係の仕事をしていたので、私はその言葉を鵜呑みにしました。介護の申請さえすれば国が面倒看てくれる、と。

要介護認定の申請は、介護を受けたい本人や家族が、市区町村の窓口に行って進めることもできます。でも私は、父と母の件で既にかなり有休を消費していましたので、迷わず地域包括支援センタへ電話しました。代理で手続きしてくれるとネットで見たからです。

私は要介護認定→即特養入所できる…と考えていましたが、実際は認定を受けるまでのプロセスも結構ありましたし、頼りにしていた支援センターのケアマネージャーさんからアドバイスが全然もらえないことで愕然としました。

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地域包括支援センターは、高齢者が地域で暮らしていくために活動する組織であって、最初から入所を支援する団体ではありません。ケアマネさんと話していて噛み合わないなぁ…と思ったのは、私が勝手に期待していたからです。

要介護認定、やることいろいろ…

地域包括支援センターに両親の情報・状況を伝えたところ、要介護認定の申請自体はやっていただけました。ただし、その申し込みに「介護保険被保険者証」「健康保険被保険者証」「マイナンバー」「主治医の選定(後に意見書を書いてもらう)」が必要と判明しました。

一度も使ったことがない「介護保険被保険者証」が見つかりません…。いくら探しても出てこないため、ケアマネさんに確認、「紛失される方はよくいます」とあっさり役所側に話を通していただけることになりました。

父は入院先の担当医でOKですが、母の認知症は誰にも診てもらったことがありません。かかりつけ医はいるか尋ねると「いない」と言うので、最短で手続きするため、徒歩圏にある脳外科クリニックで検査、アルツハイマーであると診断してもらいました(有休)。

ところが数日後、「お母様が何度も薬をもらいに来る、認知症ではないか?」と実家近くの内科から電話がありました。かかりつけ医、いたんだ…。他の病院で診てもらい要介護認定の申請中ですとお話しし、気まずい空気が流れました。

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介護に拒否権がない以上、親のかかりつけ医は知っておいた方がいいです。もともと健康で病院には行ってない、という場合は、要介護認定を受ける段階で医師の選定もできるのですが、私のようにかかりつけ医以外に頼んでしまうと後々トラブルになります。

訪問調査は立ち合いが必要

申請が終わると、医師が意見書を提出するのと並行して、訪問調査があります。本人がいる場所に調査員が来て、実際の状況を項目ごとに確認していきます。この時も基本的には家族の立ち合いが必要になります(有休)。

昭和初期の人特有かも知れませんが、「できない姿は見せたくない」という人が多いようです。我が家も例外ではなく、調査員の方が来たとたん、普段は朦朧としているのにはっきりと喋り、どこも悪くないアピールがすごかったです…。

このあと郵送で届く認定通知書を母が紛失する可能性が非常に高かったため、頻繁に実家へ通いました。その間に、父はリハビリができる病院へ転院することで話が進みました(病院選定は家族がしてくれと言われました…素人が選んでいいの?という疑問)。

有休残数も心配だったので、私の会社近くにある病院へ転院しました(移動も全部、自分で手配)。転院だからある程度情報共有されると思ってましたが、一から大量の書類記入…結局この日も有休消費しました。そしてこの病院が曲者でした…。

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3か月のリハビリが開始。手続きが面倒くさい病院だな…とは思っていましたが、このあと、毎週平日に呼び出されることになりました。最初は優しかった上司も次第に表情が険しくなり…続きは待った無しの毒親介護②でお話します。

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